広島高等裁判所 昭和38年(く)34号 決定 1964年1月09日
少年 T(昭二二・六・九生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
申立人津○義○の抗告の趣意は記録編綴の抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
所論は、申立人としては少年の精神鑑定を依頼し、その結果に基き人間形成補導対策を考慮したいと考え虞犯通告をしたのに、本件保護処分により在学校からは無期停学処分を受け、本人が精神的打撃を受け将来に対する希望を失つているのはもとより申立人らも苦悩しているから試験観察等本件原決定より寛大な処分により少年の環境調整等を図るよう配置されたく、これを要するに原決定の処分は著しく不当であるというのである。
よつて一件記録を調査し、右申立の当否を按ずるに、本件は元来申立人の通告により立件されたものであるが、原審において少年鑑別所における鑑別はもとより、専門技官(精神医)による精神医学上の見地からする意見を参酌する等科学的調査に基き原決定をなしたことが明らかであり、それらの参考資料および少年調査票によれば概ね原決定に説示する要保護性を肯認することができる。そして、申立人の所期した少年の精神状態の科学的調査は原決定の前提としても遂行されているのみならず、その調査のため少年を鑑別所に収容したことにより、少年に対し過去を反省し、自制心を芽生えさせ、学業の有意義を自覚させた効果も看過し得ず、学校側においても、これを諒承し少年の補導に協力しつつあることが窺知できるところ、前示少年の要保性を考慮すると、外聞ないし形式にとらわれた生半可な処置により折角の善導の機会を失うことなく、この際家族ことに両親以外の保護機関である保護観察所、保護司の適格な措導により親子関係の調整および親子ともに広く普遍的な社会性を本得させるのが相当であると思料される。従つて少年を広島保護観察所の保護観察に付した原決定は著しく不当とはなし得ない。論旨は理由がない。
そこで少年法第三三条第一項後段、少年審判規則第五〇条に則り、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 村木友市 裁判官 藤原吉備彦 裁判官 田原潔)
参考一
通告書(昭三八・一一・一六広島家裁所長あて津○義○)
左記少年は審判に付すべきものと思いますので通告致します。
少年
保護者
氏名
年令
T
昭和二二年六月九日生
津○義○
当五一年
職業
学生(○○高校商、一)
公務員
住所
佐伯郡○○町大字○○△△△
佐伯郡○○町大字○○△△△
本籍
広島県佐伯郡○○町大字○○△△△番地
審判に付すべき事由
昭和三七年七月以来欲求不満に対する情緒不安定衝動的粗暴行為が顕著となり、本年四月○○高校商一に入学するや広島市内への通学によりはげしい都市社会の刺戟を受け、華美な服装を憧れ校規に反す行為あり、担任教師や両親の訓戒補導に不従順で不満の抵抗を暴力で表わし、母親をなぐり家具を破壊するなど粗暴の行為が見られ、全く精神分裂症と判断せられるに至る。たまたま同じ学級のK某と交友深まりいたる所、K某は二学期よりその非行多きため○○高校を退学し、暴力団○○組と関係を持つていたらしく、従来の交友をこととして最近は本人に金品を強迫し、喫茶店エコーに誘惑して好ましからぬ助言をすることにより、自制心、判断力の乏しい本人はズルズルと交渉を深めて不良グループから脱退できない状態に追いつめられ、深く自責しているも今更どうにもならぬところまできている。従来の性格は加えて不純交友により反社会的な行動に走る傾向を示している。ここに精神鑑定により適切な補導する必要を感じます。
少年の保護に関する意見
前記K某に強迫されながら昨一一月一五日よりH某と三人で大阪方面に家出を画策するようであります。一六日~一七日呉より上阪するといつている。学習意欲も欠けてきたので修学の希望を捨て大阪が就職するといつているが、両親に多額(五万~一〇万円)の費用を強要するようK某にいい含められ、金ができねば家財を持ち出せ、車で取りにゆくなどといわれているらしい。この際性格異常か精神異常かなどの適正な鑑定により、本人の治療をするため家出を阻止し保護してもらいたいと思います。精神的に異常の欠陥あれば入院治療させて一日も早く健全に育成したいと思います。
参考二 鑑別結果通知書<省略>
参考三
意見書
事件番号 昭和三八年少第二〇九六号
事件名 虞犯
氏名 T
裁判官 高橋裁判官 調査官 森山調査官
鑑別日 昭和三八年一二月三日
担当者 久保技官 精神医学
頭記の事件に於て少年の精神状態について意見を求められたので一二月八日本庁医務室に於て少年の両親に面接し、同日広島少年鑑別所に於て少年に面接、精神医学的に以下の如くに意見を纒めた。
意 見
一、少年の父並に兄の性格は類てんかん気質者で、几帳面、頑固、執拗で精神的視野は狭い。
二、少年も亦、類てんかん気質者であるが、又軽佻な傾向を有し、自己中心的で短絡的傾向強く、一般に浅薄である。
幼少時に於ける頭部外傷が現在の少年の資質に重大な影響を及ぼしているとは看做し難い。むしろ、落着きのない軽佻性が頭部外傷の原因と考えられる。
脳波的にも誘発によりてんかん性異常波を示しており、その性格偏倚は素質的なものと認められる。
その他、少年には蒐集癖が認められ、今後、その経過に注意を払う必要があるものと思われる。
参考四 少年調査票<省略>
参考五 精研式 パースナリティ・インベントリィ<省略>
参考六 田研式親子関係診断テスト<省略>
参考八
抗告申立書
広島高等裁判所御中
昭和38年12月18日
抗告申立人 津○義○印
少年 T
昭和22年6月7日生
私は、昭和38年12月7日広島家庭裁判所において保護観察に付する旨保護処分決定の言渡を受けましたが、下記理由によつて不服ですから抗告を申立てます。
抗告の理由
1.本件は保護者の通告により少年Tの精神鑑定を依頼その結果に基づいて人間形成指導対策を考えたいと思い保護願いいたしました。
2.保護処分により学校に復学されるべきところを無期停学処分をうけ本人は精神的に痛撃をうけ将来に対する再起の希望を失い保護者も共に苦悩の日々を送つています。
3.本人は従来の心得違いを深く反省自戒しています。高校卒業後は大学に進学志望もありましたが、学校の処分により環境浄化のため転校或いは就職とも考えましたが、保護処分による社会的批判はきびしい精神的・身体的な拘束となつて16才の少年には耐えがたい苦悩であります。
このままでは、本人の将来に却つて不測の事態も杞憂され保護指導の意図に反するものと思います。
4.聞くところによると試験観察処分もできるとのことこの処分により家裁担当者にて適切な指導をするも、効果がない時は観察処分にされるもやむを得ませんが、その温かい指導もされないままでは本人は勿論、保護者として納得できません。
5.上記理由を御賢察いただきまして正しい温かい御処置をしていただくようお願いいたします。
参考九
意見書
少年 T
上記少年に対する虞犯事件につき、当裁判所が昭和三八年一二月七日言渡した保護観察決定に対し、少年の法定代理人から抗告の申立があつたので、少年審判規則第四五条第二項により別紙のとおり意見を述べる。
昭和三八年一二月二〇日
広島家庭裁判所
裁判官 高橋水枝
広島高等裁判所御中
別紙
一、本件抗告理由中、保護観察決定により、少年が無期停学処分をうけた、との点について。
審判当時、学校において、少年の復校を主張していたのは、担当教師上○良○教諭のみで、大勢は既に少年を転校させることに決していた(理由は服装の華美、不良交友、家出の計画等)。従つて本決定が少年の復校を妨げたとは考えられない。却つて裁判所が復校不能となつた際の少年の崩れを恐れたことが、保護観察に付した理由の一つである。
因みに、学校側は少年に対し、一二月一二日より始まる期末試験の受験を許可し、更に一二月二〇日付をもつて無期停学処分を解除した。
二、その他、本件抗告理由はいづれも、保護観察決定が少年にとつて著しく不利益である旨の主張であるが、本件は事案の内容よりして、試験観察よりはむしろ保護観察に付した方が適当であり、又保護観察が少年の将来に支障を来たす場合には、保護観察所長において、何時でもこれを解除しうるのであるから、上記主張は理由がないと考える。